12月29日(月)生命力

冬の始めに、家に入れようか?それとも諦めようか?悩んだ植物は取りあえず玄関フードまでお引っ越し・・・・。

今年は思いの外、温暖続きで玄関フードの草花も長い間何とか息をついていました。
そうすると情が移る物で、このまま枯らすには可哀想と虫の息の植物を家の中に入れることにしたのです。

寒さに耐えていたのでしょう。葉はかなり痛んでいます。それらを綺麗に取り除いて殆ど丸坊主状態の彼女たち。
こんなになるまで辛抱したんだね。「それは貴方のせいさ」
そうでした私の性でこんな姿になっちゃって、ごめん、ごめん!

処分され掛かっていたこの草花は息を吹き返してくれるのでしょうか?
こんなんだったらもっと早くに入れてあげれば良かったのに・・・。
少し後悔の私は薄めのメネデール液を与え続けます。

そうすること1ヶ月。
おや!丸坊主の茎から青い膨らみが・・・・・。こっちにも、ここからも。
植物の生命力は凄いですね。
「やったね、がんばったね・・・・春になるまで元気になるさ」

こうして命越えをした株は8株。
「えがったね!」



12月27日(土)写真撮影

寒いのはにがて、冬ごもりモードです。
暖かすぎはちょっとね・・・・なんて言っていたのに、いざ寒さが本格的になるとこうですもんね。

でも、今年は雪降りの楽しみが出来ました。雪の風景をカメラに収めるのです。3脚にしっかりカメラを固定して被写体を狙うのです。これが又結構大変。
先ず寒い。三脚のつけたカメラは重い。被写体を見つける作業も慣れないと難しい。雪降りなのでカメラにタオルを被せての撮影になるが風は吹くし気を使うことも多いのです。

この難問が慣れると良い写真が撮れるんですよね。窓から見る雪降りはとても綺麗。綺麗の中に身を投じて厳寒撮影が快感になることが出来るか?

「お〜寒い寒い」なんて言ってられませんよ




12月24日(水)記念日

冬至が終わった本日も早朝気温は1.5度。外の風景はザラメ雪が少し残る感じ。今年はホワイトクリスマスが期待出来ないようです。過ごしやすいのは良いけれど、やはり調子抜けって感じ。

クリスマスイブは長男の誕生日でもあり、娘は長男がリクエストしたキャロットシフォンを焼いてくれました。フカフカのシフォンは美味し〜い。その美味しいシフォンをパクついて、長男はさっさと札幌へ・・・・。彼女がケーキを焼いてくれているそうです。
欲張りな男だね・・・自分の為に焼いてくれた2つのケーキを食べられるなんて・・・・この色男?
でも、娘・・・「今日はクリスマスだからね」だって。

そっか、幸せな男は実はついでのケーキだったのか?でも良いよね忘れられない日に生まれたことは幸せ者だよ。
私なんか結婚記念日、20数年の内たったの2回しかお祝いしたことがないよ。
それって忘れ過ぎか?よ〜し来年のカレンダーにはしっかり記念日マークつけなくっちゃ。

来年の話したら鬼笑うかな?でも残すところ10日を切りました。




12月14日(日)朝ビタ忘年会!

さあ、忘年会シーズンですね。アレ今回で何回目だったっけ?
12月12日は朝ビタの忘年会で超デラックス

メーン司会はやはり、ようこさんですよ。
幹事代表は石崎さん。奥の方で色々段取り忙しそう。デュレクターの沖さんもなんじゃかんじゃ忙しそう。

宴会は、何でも飲み放題は当たり前。お料理は札幌のデパート各店からドンドン届けられます。洋食に中華にお寿司に焼き鳥もあったな?拘りパンも並びます。(さあ食って見ろ・・・・)
各デパートからはオークションの品も並びます。
品定めして、投票。結果は後からね。


余興では、今年のいけ面新人アナ。早速テレビ局側対デパート対決カラオケ大会が始まりますよ。私は厳正なる審査員。
カリスマ美容師アンドH部長のデュオ(3年目の浮気からスタートデパート側も負けてませんよ。チャイナやセイラー服姿に身を囲っての熱演あり。仕事先から途中から参加の藪チャンも聞かせてくれます。語ってくれます。デュオを男形も女形も1人でこなすパフォーマンス。歌詞はバッチリ覚えてますから演技が入りますよ。

勿論テレビ局ですから、カメラは直スクリーンに映り出されます。アレ?審査審査!モウ面白すぎて審査するのも忘れっちゃいますよ。そんでドッチが勝ったと思います。
パンパカパーン!!!!ジャジャジャジャジャ〜ン!!!!
どした?ナンと同点の引き分け・・・・・最後はジャンケンポンでデパートチームの勝ち!景品は超デラックスケーキだよ。私も食べる権利あったのに。キョロキョロしていて忘れてしまいました。

さあ、オークションの発表だよ。ギャーオ!1人で7つも落札した人が現れました。すんご〜い!でも独り占めはしませんよ。大人だモンね。残念ながら私の投票した映画チケットは1000円で落札で、私はアウト。でも、まだまだお楽しみがありますよ。
どおだ、オークション〜〜〜〜!
文明堂のカステラセットでかいぞ。それにクッキーセットも付けてどうだ!100円から・・・110円200円!●○●○1000円!「ハイ1000円で」あれ私当たったよ。もっともっと続きますよ。私お食事券とワイン2本セットもゲットしました。お父ちゃんと銀婚式のお祝いにお食事券とワイン2本(フランスブルゴーニュ地方の上物ですぞ)・・・・でも格安すぎ。銀婚式も節約プランで超デラックスでっせ。今後の勝手にオシドリ夫婦も安泰ってモンです。「きゃっきゃっきゃ」

クライマックスは2003年版「朝ビタ」表も裏も見せちゃいまっせ。
おカシッ〜イ!「朝ビタ」最高!!!!
視聴率もぐんぐんアップのご様子。
やっぱ、なんだかんだあっても視聴率はテレビマンには気になるところ。

来年もオープンガーデン情報ありそうですよ。
あ〜あ面白すぎた。
で、帰りが大変。デカイ荷物になりました。電車は押すな押すなの満員電車でございます。
変な予感!!!
紙袋がバリッ!(やっぱね・・・・)
恵み野駅に降りたらお父ちゃんの姿が5b先。これは良かった。「こんな夜更けにラッシュかよ」お父ちゃんは階段を上りきったところで、改札口を通過。「アレッ!」私は破れ紙袋を抱えての改札口通過。父ちゃん早すぎ。ドンドン距離は遠のくばかり。こんな時は悲しいね。ドラマなら絵になるけど。現実は辛いね。悲しいね。悲しすぎるね。これが人生なんだよね。
笑顔で帰って「ただいまっ〜」「何、母さん一緒だったんだ!」そうだよ、そうだよ、そうだったんですよ」
「今日は極上ワインだよ、飲むかい?」「アレ!ビール開けちゃったよ」「なんだ残念!」
そこで、ドラマだね。長男登場!
「母さん、誰来てると思う?」「えっ誰?」「吉弘先生来てるんだよ」「えっホント。挨拶しなきゃね」「ワイン持ってくか。極上だもんね」
吉弘先生って誰?これ又説明したら長くなるから今度ね・・・・浜益村から奥さんとまゆきちゃんと、しげさんと立ち寄ってくれました。朝方になってからのご対面。極上ワインでかんぱ〜い!!!

今日もいい日でした。






12月11日(木)写真教室

冬になると少し時間に余裕が出来てきます。
そこで今年は写真を習いに行くことにしました。
数年前から考えていたのですが、色々考えたり、調べたりしている内に決断が出来ないまま、1年が過ぎ、2年が過ぎて行くんですよね。

で、取りあえず、写真の撮り方の本を2冊購入。
絞り、露出、シャッタースピード等の言葉とそれぞれの役目は何となく理解していたけれど、なかなか習得までは行きません。
「やはり、カメラが良くなきゃ良い写真は撮れないんだ」と思いこみ、カメラ雑誌を購入。すると何処のメーカーも良いことばかり書いていて尚更?????
「現物を見に行くに限る」で、ヨドバシカメラに行ってレンズを覗き込む。
しかし、値段はまちまちだし、どの程度の機種がいいのか、はやはりちんぷんかんぷんで決断が出来ないまま。
「困ったな〜〜〜〜」と悩み抜いていたのです。

たまたま、HPの写真サイトを見ていたら、美しい写真に遭遇。
「こんな風にどうやったら撮れるんだろう?」あれっ写真教室してる。

あらっNHKほっからんど212で講師出演。何故か他人とは思えない。
そして、その中に書かれていた言葉を見て更に興味津々。
「写真はカメラの善し悪しではない。撮る人がどんな風に感じ、それをどのように表現したいか・・・・」

「ふへっ〜」そうかそうなんだよ、私は表現したい映像をなかなか表現できないで困っていたんだよ。
「良い写真だね?でもどうやったらこんな写真撮れるの?カメラ任せじゃなかなかこんな風には撮れないよね」っと、ずっと、ず〜っと悩んでいたんだよね。

これは習いに行くっきゃない。冬期間の授業もピッタリ。
先生有り難う。私の為にあるような教室じゃありませんか(いつもの思いこみ)

昨日は2日目の授業でした。テーブルの上に並べられた先生が撮影された写真は幻想的な水墨画を思わせる写真や明るい陽射しを浴びた風景写真等々。
私を含めた6人の生徒で「いや〜っ綺麗だね。どうやって撮っているんだろう」等と雑談。

授業は目から鱗の事ばかり「は〜っそうなんだ。へ〜っそうだったんだ」

習うより慣れろと言うけれど。
習ってから慣れることも早道かなと思いましたね。
これからの私の写真は変わりますよ・・・・。




12月4日(木)寒いけれど・・・・

テレビやラジオでは
ゴルフ場のグリーンがまだ青々しているそうです。
北海道の12月初旬でゴルフが出来るなんて・・・喜んでいる人いるのかな?
スキー場では雪が無くて旅行会社は北海道のスキーツアーが予定通り出来なくて困っているそうです。
岩見沢ー三笠間の電車が雪のために列車が一時ストップしていると、テロップが流れました。
函館や札幌でも雪が降っている様子が写ります。

外を眺めてもこちらはナンの変化もありません。
4時になると薄暗くなるのは、時節通りです。

人間は我が儘な動物です。何時も通りだと
「いや〜あ遂に雪が降ったよ。これから寒くなるね。やだね〜」なんて会話になるところ

あまり雪が降らないのも不安なモンです。
「ナンで雪降らないんだよ。温かいのは良いけれど、こっちにも都合ってモンがあるんだよ」
「暖かいのはいいこっちゃなかい・・・ま〜あさんよ」
「良いっていっても困っちゃうんだよねホントに・・・ソワソワ」
「なんだい。結構な事だよ・・・・・ノンビリ」
「あんたみたいに呑気な人は良いけれど、こちとら予定ってモンがあるんだよ。予定がね・・・イライラ」
「さっきから聞いてら、随分じゃないかい。あたしの何処が呑気なのか言ってみなさいよ・・・ムカ〜ッ」
「いや、そんな目くじら立てなくても、も、も、も〜さんよ・・・・モジモジモジ」
「その、都合っての言ってごらんよ、どうせ対したこっちゃ無いだろうがさ・・・プンプン!」
「角のある言いかただね・・・・小声で」
「角立てたのはどなたサンでデッカね・・・嫌みで」

てなことで、ま〜あサンは切実に、
漬けた漬け物がこんな暖かいんじゃ酸味が来て、パ〜になること。活けた保存野菜も雪が降らなきゃしばれてしますことを、も〜さんに伝えます。

「なんだい、そんなことがあったんかい。でもしゃあないな。お天道様しかご存じありゃしませんや」
チャンチャン。

と言いながら今日も外を眺めるま〜さんでありました。

「雪降ってよね」などと今日も空を眺めています。





12月3日(水)雪乞い

12月になっても雪が見られません。恵庭は石狩の中でも寒さが厳しい所です。
過ごしやすいのは良いのですが、植物や保存野菜にとっては雪の降らないまま寒波がやってくるのは困るのです。雪のお布団が掛かってこそ安心して春を迎えられるのに。
「早く雪降らないかな?」と最近では天を仰ぎ「雪乞い」を願うばかり。

一口に北海道といっても、その気候条件は随分違います。雪の降る地域ではビオラやパンジーは秋までに定植すると春から花を咲かせてくれますが、恵庭からほんの1時間ほどの早来町の方は「全然持ちません」と口を揃えておっしゃいます。

私がある経験は私の住む恵庭での経験で、他地域に行ったとき、テレビでの放映の時には気を付けなければいけないことです。

さて、私は今日も「雪乞い」一番心配なのが畑に活けてある大根やその他の野菜。去年も半分やられましたから。





12月2日(火)奥克彦さんのイラク頼りから

イラクで狙撃された奥克彦さんが、イラクから頼りを送っていたと聞き、早速覗いてみた。
4月23日からの頼りである。戦争が終わって、まだ不安と混乱が続いているイラクで現実を見つめ、何とかこの国を助けたい。と活動している様子が伺われる。

今、世論は自衛隊のイラク派遣をどうするか?と議論が進んでいる。
狙撃されたお二人はどんな思いで、イラクに渡ったのだろう?彼らはイヤイヤ、イラクに渡り仕事していたのだろうか?
その心理が見えるかもしれないと思い覗いてみた。
4月23日から送られてきた便りは全般は毎日である。イラクの今の様子。助っ人井ノ上さんが来られたときの喜び。アメリカから来ている派遣団の様子。読み進む内に、涙が出てきて止まらない。今日はこの辺でやめよう。

彼はイヤイヤ、イラクに入った訳じゃない、この国を何とかしたい。その為に出来ることを彼は一生懸命に考え、動いていた。
単なる使命からだけじゃなく、彼は誇りを持って自分の意志で何とかしたいと心底思い動いていた。そう思うと尚更、残念でならない。
イラクは戦火直後。当然身の危険を感じながら毎日を暮らしていたに違いない。

今、国がイラク派遣をどうするか、検討している。
もし、息子が派遣の渦の中にいたとする。息子はイヤイヤだが命令だから仕方ない状態だったら「貴方仕事やめなさい」と言うだろう。「そんな危険をおかしてまで行くなんて、冗談じゃない」と怒り狂うかもしれない。
しかし、息子が進んで行くと決断し、行くなと言う私を説得したら、私は泣く泣くでも顔は笑って送り出すかもしれない。(万が一でもそんなことは起きないと思うが・・・だからこんなことが言えるのか?)

今朝、家族がバクダット入りの為に飛行機に乗っていく様子が写り出された。その姿は泣き崩れる様子ではなく。静かに彼らを迎えに行くようにも見えた。ある一種の覚悟があったのかもしれないと、勝手な推測をして見ていた。
「派遣をする、しない」なんだか第三者が人を者としての議論をしているようでならない。



奥克彦さんのイラク頼りが見られます。一部分だけ抜粋しました。

イラク頼り5月4日(途中からの文書です) 
私がとても嬉しかったのは、バグダッド配電所の次長で引退した(といっても、まだ47才で、2年間投獄されたために、解雇されてしまったようです。)Makiさんが、「是非、日本にイラクの再建に協力して欲しい。」と言ってきてくれたことです。彼はかつてイラク第二の都市バスラで日本の企業と一緒に発電所の仕事をやり、日本にも研修で来たことがあるとのことで、私を見るなり直ぐに近寄ってきて、そういってくれました。
 私と殆ど年齢は変わらないのですが、彼の顔に深く刻み込まれた皺は、獄中での生活の厳しさを物語っているようでした。投獄された理由は語ってくれませんでしたが、今は、引退の身で、給料など払ってくれる政府がまだ存在しませんので、無給で発電所の稼働推持に駆けつけてきているとのことでした。Makiさんは英語を操って、熱心に電力再建の必要性を語ってくれました。
 残念なことに、戦争による直接の被害ではなく、略奪によって機材が持ち去られ、電力が安定供給できないのです。でも、会議に出てきているイラクの人の目には、1時間でも早く電力の安定供給を実現したい、という気特ちが表れていて、イラクの将来は大丈夫だと思わせてくれるもの




イラク便り
〜サッダームがいなくなって本当に良かった!〜


平成15年5月6日(火)
在英国大使館 奥参事官
(CPAを通じた人的協力に参画中)

 学校へ帰ろう!
 今日は、井ノ上書記官と二人で、ORHAの教育担当チームに入れて貰ってマンスール地区にある小学校、中学校を訪問しました。マンスール地区はバグダッド市内の「高級住宅街」ともいうべき地区で、ここの学校の状況が平均的な姿ではありません。もっと貧しい人々が多く住んでいる地区の学校も沢山あります。でも、この地域の学校でさえ、中に入ってみるとサッダーム・フセイン体制の残滓があちこちに見受けられます。
 私たちが最初に訪れたのは、生徒数900人の共学のディジュラ(Dijla)小学校です。校長先生は女性で、熱心に学校の様子を語ってくれました。昨日、『学校を再開するよ』と近所に声を掛けたら300人くらいの子供達が集まってきてホッとしたとのことでした。イラクの休日である金曜日が明けた10日の土曜日から授業が再開できるように、先生達にも学校に戻って来て欲しいと呼びかけているようです。学校の中はあまり傷んではいませんでした。教室は40人弱が入れるような大きさで、ちょうど私の子供の頃を思い出させてくれます。英米の小学校と違って、大人数の教室です。なんでも、聞くところによると、70年代にUNESC0の認定で、当時のイラクは中東でも屈指の教育水準にあったらしいのですが、それはサッダーム・フセインが、学校に子供を行かせない親を投獄したりする厳罰主義を採った結果、識字率が大幅に改善されたからだそうです。逆に言えば、サッダーム・フセインの下では自由なカリキュラムを作ることは許されていなかったのです。
 このディジュラ小学校でも教室の片隅にうち捨てられたサッダーム・フセインの「善行」を語った副読本がありました。また、全ての教室にはサッダーム・フセインの写真が飾ってあったようで、まだ、全部は取り除かれていません。子供達のトイレや水飲み場の改善も大事なようです。下痢や感染症の原因にもなることがあるからだそうです。こんなところにも、日本の援助が出来ればと思います。日本も、私の両親の世代は、第二次世界大戦直後にUNICEFの支援で粉ミルク等の供与を受けた経験があります。
 今後は日本が支援をする番でしょう。
 隣接するリサーラ(Risalah)女子中学校も訪問しました。やはり女性の校長先生で、生徒500人、先生38人で、13才から16才までが通っているようです。ここの校長先生は英語が上手で、兄弟の中にはロンドンに住んでいる人もいるようです。
 ただ、いずれの学校もまだ再開していませんので、生徒達の姿はまだ見られませんでした。学校再開のためには、先生達の給料の確保と文房具が必要です。既に、0RHAでは一人当たり20米ドルの一時金を先生達に配っていて、先生達も職場に戻りつつあるようです。勿論、20ドルでは食べていけませんので、1ヶ月後には、本来の給料を支払う予定です。また、文房具は、アフガニスタンでも成功を収めた、「学校へ帰ろうキャンペーン」の下で、UNICEFと協力して、簡単な文房具セットを出来るだけ多くの子供達に配ることを日本政府は検討しているようです。学校が再開されると、道でサッダームの肖像がついたイラク・ディナール札とドル札との交換をせがむ子供達も減ります。事実、クウェート国境の港町ウンム・カスルでは、学校が始まってストリート・チルドレンが激減したようです。
 最後に、かつてはアメリカン・スクールだった、バグダッド女子中学校を訪問しました。年間5万ディナ一ルを払える家庭の子女が通う裕福な学校で、制服を着た女子生徒が授業を受けていました。この学校は高額な授業料の大半が高等教育省に召し上げられ、残った僅かなお金から毎月ドルの給与が先生に払われていただけのようです。英語がとても上手な生徒が真っ先に尋ねてきました。"Tell me what is my destiny."(この先私の運命はどうなるの)。裕福な家庭の子供達ですら、不安げです。でもここでは授業が一応続けられていて、「良かった、良かった。」という気持になりました。おそらくここが今のバグダッド市内では一番恵まれた学校でしょう。他の全ての学校はここよりずっと酷い状態に違いありません。先生達も、カリキュラムをどうすればと思案しているようです。少なくとも、初等教育の場では、相当程度、サッダーム・フセイン礼讃の授業があったようです。
 帰り際に、一人の品の良い薄化粧をした女性がツカツカとやってきて、井ノ上書記官に早口のアラビア語で何やら訴えています。井ノ上書記官に訊いてみたら、「治安も、電気も、水もまだ充分じゃないけど、サッダーム・フセインがいなくなって本当に良かった。これだけは言いたかった。」と語ったそうです。
 そして帰りがけに私の方をみて、"Sadaam, very bad!"といって立ち去っていきました。





12月1日(月)「もっと北海道座談会」朝刊に掲載される。

「もっと北海道」は北海道新聞が21世紀の幕開けである2001年に始まった。
@元気なふるさとづくり
A教育・福祉への貢献
B自然・環境の保護
の3つの柱に加え「食」と「技」に注目し、各種の事業を展開。今回は3年間を締めくくる座談会。

座談会出席者
坂本和昭さん 北の企業広場協同組合専務理事
吉住敏夫さん 沼田町夜高あんどん祭り保存会会長
内倉真裕美  ブレインズ代表
酒向 勤さん  北海道カナディアンカヌークラブ代表
 コーディネーター
小谷浩史さん 北海道新聞編集委員  


北海道をもっと元気にと始まった「もっと北海道」は一月に一度、特集ページで紹介された。
新聞紙上で紹介される事の影響力は大きい。2001年6月、7月は花をテーマにした内容だった。花フェスタ、東神楽や鹿追町の花のまちづくりの紹介に加えあゆみさんのコテージガーデンと共にブレインズのオープンガーデンオブ北海道2001年が創刊された内容を紹介してくれた。
一般のお庭を紹介するガイドブックを販売するのは全国でも初めてのこと。嬉しいことに発行して3ヶ月で完売した。メディアの力を痛切に感じた。そして感謝したい。

今オープンガーデンズオブ北海道はブレインズ「種まく仲間」と共にあゆみ始めた。息の長い活動になることを祈っている。

対談内容はこちらから↓

http://motto.hokkaido-np.co.jp/special/200311yume/index.html


●悲しい記事がトップ紙面を飾った。「日本人外交官2人殺害」
奥克彦参事官と井ノ上正盛書記官のお2人はイラクの復興を心から祈って活動していた優秀な人材が、テロと思われる者の狙撃にあった。ナンでこんな悲しい事ばかり起こるのでしょう。ご家族の方は辛いよね。
日本にとっても、イラクにとっても、お2人の死は痛ましい。

奥さんはラガーマンだったそうだ。「もっと前へ、もっと前へ」スクラム組んで「もっと前へ・・・」やっぱ悲しい。



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