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中村さんのお婆ちゃまは、園芸家と言うよりはガーデナーと呼びたい一人である。
今は花のまちとしてちょっと有名になった恵み野でフラワーガーデニングコンテストが行われるようになったのは11年前のこと、その頃からお婆ちゃまのお庭とお隣の細井さんのお庭は、通りを歩く人たちの目を楽しませてくれていた。
中村さんが土いじりをするようになったのは、恵み野に移り住んだ翌年に細井さんから数個のパンジー苗を頂いたのがきっかけだったそうで、苗と一緒に育て方の手ほどきを受け、そのパンジーはとても綺麗に元気いっぱいに花を咲かせからのことだった。
お婆ちゃまは「70歳からの手習いですよ」とはにかんだ感じでちょっとうつむき加減に目をくりくりさせながら話してくれた。
今ではガーデニング歴15年のベテランで、一苗の花を大きく咲かせることに加え、ガーデンセンスもなかなかの物でお婆ちゃまの教えを受けた地域のガーデナーも多い。
そんなお婆ちゃまの庭だが、ガーデニングコンテスト5年目のこと「おや?」と思わせるほど庭に花数が少ない。もしかしたら体の調子が良くないのかもしれない。
審査員の方々も皆、お婆ちゃまの体調を気遣った。
それから2年間ほどそんな状態が続いていたが、翌年の庭は違っていた。庭は以前の様に、もりもりと元気いっぱい花が咲き乱れ、私たちを出迎えてくれた。
お婆ちゃまの庭は、不死鳥のごとく見事に蘇ったのだ。
「おばあちゃん元気になったんだよ!」
審査員一同、車内で大騒ぎになった。
「おばあちゃんの顔を見なきゃ・・・」
「内倉さんおばあちゃんを呼んできてよ」
「はいはい喜んで・・・」と駆け足でチャイムを押しに行った。
お婆ちゃまの顔を見るなりみんなは、手の痛くなるような拍手で出迎え健康になったことを喜んだ。
私は、嬉しかった。おばあちゃんが元気になったことは勿論だが、審査員のみんながこうして喜んでいること、みんなが同じ気持ちになったことが何より嬉しかった。
お婆ちゃまと、みんなの関係といえば?誰一人として親しい間柄でも何でもない。
一年に一度だけ何の前触れもなく勝手にお庭を審査するのが恵み野流ガーデニングコンテストで、時には庭主さんさえ知らないこともある。
でも、庭は花を通して何時も作り手を語ってくれていたのです。
(恵み野フラワーガーデニングコンテスト実行委員会事務局長)
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