4、子ども達の文化サークル
        『おはなしさんた恵夢』出来る(1988)



 ここ、『恵み野』は、みんながよそ者だったから、地域の人たちも、何かいい物を探していたし、いい街にしようと、みんなが望んでいた。

 ある日、新五のクラスの参観日で、学級行事を決める事があり、委員長だった。道子さんと出会った。彼女は、いつも夢見る少女の様に、話し方もウグイスのような声で、目をぱちくりさせながら話をする。聞く所によると声楽を専門に勉強された方で、自宅でピアノの先生をしているという。

「学級行事に、何か良い案在りませんか」と道子さんの、澄んだ声に誘われて。
「あのー、以前いた所で、人形劇のサークルに入っていたのですが、手作りの紙芝居ならすぐ借りてこられますが?」等と、口走ったわたし。
道子さんの声はウグイスから鈴虫の声に変わって
「あらーステキ!それ良いじゃない!」
と、両手を胸のちょっと上の方で握って、喜んでくれた。みんなも道子さんにつられて、それがいいじゃない・・と、すぐさま決まってしまった。

 早速、以前いた街の仲間に、電話を入れる。
人形劇サークル 『チポリーノ』の仲間だった佐藤さんは、絵を描いたり人形作りの名人で、南さんは名脚本家だった。
 みんなとは、虻田に引っ越して間もなく、子供が同じ保育所通いしているときの、お母さん同士で、いつの頃からか気が合い人形劇のサークルを作り保育所公演や図書館での公演をしていた。『恵み野』に来る少し前に、虻田小学校の舞台で、子供達も大人達も総出演の大舞台『白雪姫』を公演して来たのである。

 それともう一つ、以前の学校の名誉挽回ではないが、小学校低学年では、お母さんが読む、一月に一度の読み聞かせが定例となっていて、殆どのお母さんが我が子の前で、緊張しながら本を読んでいた。そんな影響あって、私も子供達には、毎日三冊の本を読むのが日課になっていた。一冊は新五と大輔が読んでもらいたい絵本を、それぞれに一冊ずつ。もう一冊は、お母さんが選んだ本を・・・。
 次男坊の大輔が大好きだった本は、『エルマーの冒険』『エルマーとりゅう』『エルマーと一六匹のりゅう』のこの三冊で、一冊を一週間掛けて読んで、三冊三週間として、終わったと思ったら、また、最初の『エルマーの冒険』を持って来る。エルマーシリーズの読書会は、半年は続いたと思う。
 

 恵み野に来て佐藤さんには、最初の電話である。
「佐藤さん。こういう理由で、紙芝居を借りたいんだけど」
「もちろん良いわよ。それに、良かったじゃない、もう披露する場が出来たなんて、何時でも借りに来て」
「それじゃあ●○日に取りに行くね」
「久しぶりね、南さんにも連絡しておくね」
 持つべき者は、やはり友。ここ『恵み野』でも良い仲間作りが出来ると良いな。
 学級行事は、こうして虻田の手作り紙芝居を借り、上演会は無事終えた。
 
 新築の我が家には、むき出しの梁が在ることは、以前に話した通りで、この梁を利用して、やはり、虻田の佐藤さんが長ーい布に書いた『おおきな木がほしい』を上演してみたくなった。ある日、クラスのお母さん達に相談したところ、快くお手伝いを引き受けてくれた。どこに宣伝した訳でもないのに、公演当日は、押すな押すなの大盛況。玄関の靴は、外にまではみ出し、仕切の襖をはずしても、座ることの出来ない人たちで溢れた。「すごい!」100人以上は入っている。新聞社の人も、どこからか聞きつけて取材に来てくれたが、この事態に驚きの様子だった。
 (みんなが、待ち望んでいたに違いない。子供達の文化サークルの出来ることを)
 帰り際にお母さん達が、「又見せて下さいね」と声を掛けてくれる。こども達も満足げな顔で、「ありがとう、次は何するの?」と問いかけてくれる。

 恵み野には文化サークルは何も無いという。みんなの声を実現したい。
 後日道子さんと、子ども達の文化サークルを作る相談をする。こういう話になるとすぐ決まる。

 発会式当日は我が家に38名の会員希望者があり『おはなしさんた恵夢』が誕生した。この、グループ名称は『おはなしさんた』と『恵夢』の二つの名前が最終に残り、両方が良い名前だから、一層のこと、2つを1つにしてしまおう。と決まった名称で、子ども達に、
おはなしのプレゼントを・・・・
恵み野(恵庭)の夢となるように・・・・という願いが込められている。
 
 当初は、毎月一回の例会を行い、内容はこれと限定するのではなく、会員の中の特性を生かしながら「うた在り」「読み聞かせ在り」「ダンス在り」何でもOK!で、例会はいつも楽しみにしてくれる。親子で一杯になった。

 翌年の『恵み野の夏祭り』に、人形劇をしようと提案する。演目は『ブレーメンの音楽隊』脚本は、以前私が書いた物があったのでそれを使うことにした。
 みんなは初めての経験となる人形作りをする。張り子作りの人形は新聞紙を丸めて大きさが決まったら、ラップでくるみ、その上に新聞紙をぺたぺた貼っていく。
「えーこんなので大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫」
ラグビーボールの大小くらいのが数個と、バナナの真っ直ぐになった様なのが、これまた数本。あとは、でこぼこした色々な形をしたのが出来あがり、ベタベタした新聞紙の上にさらに白くちぎった紙を貼る。大勢で作ったもんだから、一気に奇妙な物体の数々は所狭しと並び、結構広い我が家の居間はこの物体で足の踏み場も無くなった。
「これが張り子人形の土台になるのね」
「乾いたらこれに色を塗ったり布をかぶせて、つなぎ合わせると、犬になったり、鳥になったり、泥棒になったりするんだよ」
「なんだかまだ想像ができないわ」と良いながらも、みんなは楽しみに通ってくれた。
 張り子人形には、衣装が着いて、段々形になってくるとみんなは大喜び。
「さあ動かしてみよう」
「うわー、可愛い」手作りの人形たちは、どの子をとっても個性的で可愛いらしい。さあこれからこの人形に命を吹き込む作業に取りかかる。

 夏祭りまではもうすぐ。十分な練習日数がない。まして人形操作の慣れないみんなに、せりふも同時に話してもらうには、稽古時間が足りなすぎる。声優さんと、人形操作の人を分けての稽古に取りかかる。我が家の居間が作業場から稽古場となる。長男は5年生になって、先生が葭川先生から吉弘先生になっていた。

 大ベテランの先生から、新卒2年目の新米先生だけど、情熱の固まりの様な先生で、生徒からも慕われ、お母さん達の中でもファンが多かった。吉弘先生は、自分自身も歌手志望だったと言う音楽好きで家庭訪問の時に『おはなしさんた恵夢』の話しをしたら。
「何かあったら協力しましょう」と心強い言葉をもらっていた。

 早速、先生に声優をお願いし、市役所職員で混声合唱団の松崎さんにも声優をしてもらうことになる。お母さん方大勢と、若い男性が2人。みんな「人形劇なんて始めて」と言いながらする事なす事、初めての経験を
「大人になっての学芸会だね!」と大はしゃぎながら、みんなで作り上げる楽しみを感じていた。
「子ども達を楽しませるには、まず、大人が楽しまなくっちゃね」

 晴天の日の、恵み野夏祭り会場には、コンパネ十枚ほどの仮説舞台が出来ていて、屋根に黄色と緑のストライブのテントが掛けられている。
「昔の、サーカスの舞台みたいね」
「うん、ホント。確かにそんな感じ。ここで 人形が動き出すんだよ」
「ドキドキする」と緊張気味のみんな。
 さあ時間が来た。
 舞台の上を、所狭しと動く人形達。目の前の会場には、ブルーシートが敷かれ、そのブルーが見えなくなるほどビッシリとお客様が座ってその中で目を輝かせる子ども達。満場の拍手と共に1989年8月『おはなしさんた恵夢』の人形劇「ブレーメンの音楽隊」が恵み野で大デビューを果たした。

 以後、恵庭市民会館大ホールでの公演、学校公演、市民を巻き込んだ、野外劇公演『エ・エン・イワ』のメーンスタッフとして、翌年には、札幌教育文化会館で公演、オリジナル脚本でのお芝居。図書館での読み聞かせ等々『おはなしさんた恵夢は』10年を過ぎた今も、恵庭に、『子ども達の文化を残そう』を『合い言葉』に、今も息長く活動している。


                 


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