ようこそ!!内倉真裕美です

私が恵み野の地に移り住んだのが、1988年でした。
ここで、私は街を舞台に「花のまちづくり」「お芝居」と、
とにかく目一杯走り続けました。
そして、今「恵み野が花のまち」と言われるまでになりました。
花のまちの記録に
そして、私と子供達、仲間の記録を
ここにつづります。

   

ノンフィクション小説

内倉真裕美

恵み野に花が咲いたよ
   更新日 目   次
2002.12.17
     12.21
     12.27
2003. 1. 2
      1. 8
      1. 9
      1.13
      1.20
      1.30
      2. 2
  第1章    街を舞台に花のまちづくり講演会より
  第2章    憧れのマイホーム
  第3章    新たなる地恵み野
  第4章    「おはなしさんた恵夢」出来る
  第5章    手芸展きゃろっと開店
  第6章     恵庭まちけんとの出会い
  第7章     恵庭花とくらし展
  第8章    「おはなしさんた恵夢」会員制度
  第9章    恵庭市育成部の野球大会
  第9章ー2  恵み野少年少女野球大会


漁川保護少年団

更新日 目次
2003.2.16
第一章
  心声文



 「きゃろっと」を行列が出来る店にできるか? 

2003.10.16  第1章   「きゃろっと」コンセプトの変化




















 HP開設のあいさつ(2002.4)

 皆さん初めまして、パソコン歴3年目です。ホームページは昨年の初めから出したいと思っていたのですが、内容をどうしたらいいか、色々悩んでいたら1年が経ってしまいました。2001年の暮れにホームページ作成の3日間コースに通って「うん。こうやって作れば良いんだ!」と納得できました。
 私のパソコンの先生は、娘の小百合です。しょっちゅう「動かない!変だ!壊れた!」等と騒ぎ立てる私の面倒をよく見てくれます。それでも時々
「これ、もう5回も教えたのに・・・・」等と言われますが、私も親でございます。
「年を取るとそうなるのよ・・・あなただって」とこんな調子で交わしています。

 さて、内容なんですがガーデニングだけで行こうか?とも思いましたが、今までしてきたことを整理して出して行くことにしました。恵み野に住んで14年分の記録をご紹介します。

 私の元には、私だけの趣味で収まらない今までの記録がたくさん収納されているのです。
 たとえば、1995年に開催した野外劇「エ・エン・イワ」の資料です。70日間で準備、稽古、スタッフ集め、役者集め、道具集め、資金の算段等。数人のスタッフの思いつきの出来事が、信じられないドラマを産んだのです。最終的な出演者は250名に及びました。
 「来年も是非やってくれ」という声も上がりましたが、スタッフ一同、誰一人として「やろう!」なんて言うものはいませんでした。「何故かっ?」て思うかもしれませんが、それは、それは大変だったのです。スタッフが今集合したら「どうしてあれが出来たんだろう?」とみんなが言うでしょう。その位「神懸かり」な出来事だったのです。その記録が我が家に眠っています。
 出演者250人と当日手伝ってくれた人数確認出来ない人々と、公演を見て下さった2,000人の方々の心にはきっと残っているでしょう。
 しかし、記録を残された私は、何時も「これどうしよう・・・これ・・・?」と悩んでいたのです。

 そこで、ホームページに掲載する事を思いつきました。関係者の皆さん、このHPを見て昔を懐かしんで下さい。又、始めて御覧になる方は、「こんな事が出来たんだ!」と思って下されば幸いです。

 又、恵み野は「ガーデニングの街」として知られています。こちらも、私が恵み野に住んで14年。「こんな街に住みたい?」と言う願いから、8つの花の組織を立ち上げ活動して来ました。情報公開する事で、皆さんにご理解いただけたら幸せです。又、少しでも多市町村の方々のお手伝いが出来ましたら、どうぞ参考にして下さい。

 実は、私の持っている情報を一人で抱え込む重圧を皆さんにばらまくことで、楽になろうと考えているのです。もしかしたら私だけの思いこみかもしれませんが・・・・・・。
「内倉がいなくなったら一体どうなってるんだ?」と言われないためにも、みんなの事は少なくとも、みんなが見られる場所に置いて置きたいのです。

 私は趣味の多い人間です。欲張りなのかもしれません。皆さんが知らない面も覗いて下さい。但しシークレットな部分もないと・・・・ですから、当然秘密もあります。
 
 でも、HPって便利なものが出来ましたね。政治の色んな事もちゃんと情報公開していれば、後ろ指刺されないと思うのですが?こちらは余談でした。





  恵み野に住んだ頃は


 1988年より北海道恵庭市恵み野に住んでいます。始めてのマイホームです。
 振興住宅街として出来た街「恵み野」は何処を見ても新しく住んでる人、みんなも生き生きとしていました。
 ここで暮らせることが嬉しくて、夢がいっぱい広がりました。
 主人は始めての単身赴任生活になります。子ども達は小学校4年の新五、2年の大輔、2歳の小百合の3人。

 何故か住まいは店舗住宅です。
 店舗住宅といいますと、当然お店をする事になります。
どうして店舗付きの住宅にしたかと言いますと、少しは住宅返済の足しにでもなれば良いかな〜とか、将来的にパートに出るより自宅で収入を得る方が楽かな?などと、安易な気持ちでもありました。
 店の内容は、当時は子どもにも手が掛かる時期だしあまり忙しい仕事はイヤだな〜とか
 腐るものはマズいかな〜とか
 気ままに休んでもあまり支障がないものがいいな〜
 なんて、とんでもない考えで店の内容を考えました。

 独身の時に仕事していたつながりのお店が、生地問屋ということもあり、それで決定したのが手芸店だったのです。
 
 1988年8月手芸店「きゃろっと」をオープンさせました。
 当然主人は、あても期待もしていなかった様子で「趣味でする店ね!」と申してました。
 私は「趣味の店」と思っていたのですが・・・・。

    でも、主人の予測はズバリ的中!しました。
    私は店よりも趣味に走ってしまったのです。