シデムシの世界


シデムシってどんな虫?
 シデムシは、漢字では「死出虫」、「埋葬虫」などと書きます。その名が示すとおり、動物の死体に集まり、もっぱら死体を餌としている虫です(写真1)。甲虫目シデムシ科Silphidaeは世界に250種、主に北半球の温帯を中心に生息しています。シデムシ科は大きく4つに分けられ、ヒラタシデムシ亜科・モンシデムシ亜科・モモブトシデムシ亜科・ツヤシデムシ亜科の4亜科があります。ただし、ツヤシデムシ亜科については、独立の科として扱う見解もあります。甲虫目の中ではハネカクシ科に近縁とされています。
写真2に私が北海道で研究していたシデムシ科甲虫12種を示します。上段がモンシデムシ亜科・下段がヒラタシデムシ亜科の種です。上段左から、ヒメクロシデムシ・ヒロオビモンシデムシ・マエモンシデムシ・ヨツボシモンシデムシ・ツノグロモンシデムシ・コクロシデムシです。ヒメクロシデムシからツノグロモンシデムシまではモンシデムシ属Nicrophorusで、この属は世界に100種ほどが生息しています。特に、ヒロオビモンシデムシとツノグロモンシデムシは生息域が広く、ヨーロッパからアジア、北米にまで分布しています(ツノグロモンシデムシはメキシコの高地まで)。この属の特徴はなんと言ってもその育児習性で、亜社会性昆虫に含まれます。下段は左からオオヒラタシデムシ・ヒラタシデムシ・ビロウドヒラタシデムシ・ヨツボシヒラタシデムシ・クロヒラタシデムシ・ヒメヒラタシデムシです。ヒラタシデムシ亜科の種はそれぞれ属が異なります。我々がふつうに「シデムシ」と思って見ることのできるのがこのような種類で、特にオオヒラタシデムシは目につきやすい種類です。オオヒラタシデムシは一応飛べるのですが、滅多に飛ぶことはないので、よく登山道や自然遊歩道などで踏みつぶされて死んでいる姿を見かけます。また、生きている姿を見ても、それこそ動物の死体を食べていたり、山のトイレの裏で汚物にまみれていたりと、「汚い虫」という印象をぬぐい切れません(私は子供の頃、高野山でトイレからはみ出ている汚物の中をはい回るベッコウヒラタシデムシをビニル袋に手を入れて捕まえた記憶があります)。
シデムシって何が面白いの?
 以上に述べたように、「汚い虫」とか「何だか得体の知れない虫」とか「(やはりイメージのよくない)ゴミムシの親戚」等のろくでもない印象を多くの人に持たれているシデムシではありますが、その生き様を詳しく観察してみると、実に驚嘆すべき生態に満ち満ちていることが分かるのです。特に、モンシデムシ類の生態は複雑怪奇で且つまことに興味深いものです。それでは、彼らの生態のどこがそんなに興味深いのでしょうか?その一部分を次に紹介しましょう。
 1. シデムシ類は親が子供の保護(parental care)をする。
すなわち、亜社会性昆虫と言われる所以であります。しかもparental careといってもかなり手の込んだ「育児」です。彼らは繁殖に適した死体(ネズミ・トガリネズミ・小鳥・ヘビ・カエルなど)を見つけると毛を除去するなど非常に丹念に処理をし(防腐処理まで行う)、孵化した幼虫には鳥が雛に餌をやるように口移しで餌を与えます(写真3)。モンシデムシの死体の処理は土の中に埋めることから始まります。地面が固いと、柔らかいところまで運びます。そして、死体の毛や羽を除去しながらきれいな形の肉団子にし(マウスなど与えると「これがネズミだったのか?」と思わず感心してしまうほどの見事な肉団子に仕上げます)、その周りは育児室(と私は呼んでいる)となります。メスは育児室からトンネルを掘り、その壁に卵を産みつけます。生まれた幼虫はトンネルを歩いて育児室までやってきます。
 また最近の報告では、メキシコに分布するヒメヒラタシデムシ属の1種でもparental careが確認されたらしいのです。日本産の種でも見つかる可能性があります。
 2. モンシデムシ類ではオス・メス両方の個体が育児に関与する。
少なくとも死体の処理は、通常はオス・メス両方の個体が協力しあって行います(交尾済みのメスが単独で行うこともありますが。写真4)。死体の処理をしている間、オスとメスは頻繁に交尾を繰り返します。こうしてオスは、前に交尾したオスの精子が受精しにくくなるようにしていると思われます。また、オスとメスはときおり死体の上に並んで、盛んに「鳴き交わし」行動をします。オスが「キッ」と鳴くと、メスが「キキッ」と鳴きかえすのをすばやく何度も繰り返します。私の観察では30〜40秒ほど続きました。幼虫が生まれてからの餌やりなどの世話は、メスはほとんどの場合幼虫が蛹になるまで行い、オスは適当なところで止めて「巣」を出て行ってしまいます。ただし、種類や個体の違いによっては、オスも最後まで育児をすることがあり、この辺りが行動生態学的に興味深い点でもあります。
 3. モンシデムシ類は子殺しをする。
子殺しは餌の量に対して子供の数が多すぎたとき・ライオンのプライドの乗っ取りのように育児中のペアにオス個体が侵入したとき・托卵が行われた可能性が高いとき、などによく行われます。殺される子供は卵から生まれたばかりの1齢幼虫です。
 ツノグロモンシデムシの研究例で、死体の大きさが10g以下だと、産卵数が有意に減ることがわかっています。しかし、10g以上の大きさの死体だと、20gの死体であろうと、30gの死体であろうと、産卵数に有意な差は見られません。これは、死体という餌資源がいつ・どんな大きさのものがどんな状態で見つかるか、予測不可能なためだと思われます。そのため、モンシデムシ類の卵巣は、繁殖期にはある程度まで発達が進んだ状態で止まっており、メスが餌に好適な死体を発見して初めて一気に卵形成をするという仕組みになっています。極端に小さな死体の場合産卵数は制限されるが、それを越えた大きさの死体の場合はメスの栄養状態で卵の形成数、すなわち産卵数が決定される、ということなのだと思います。すると、死体の大きさによっては、産卵数が多すぎることが考えられます。そのとき、子殺しが起こるのです。
 また、ペアが子育てをしている最中に、別のオスが巣の乗っ取りにやって来ることが知られています。そのとき、もとからいたオスが追い出されると、新たにメスを獲得したオスは、前のオスの子である幼虫を皆殺しにします。そして、改めて交尾をし自分の子供を残すのです。
 4. モンシデムシ類では種内の托卵とスニーキングが見られる。
繁殖に適した死体というのはそうたくさんあるわけではないので、当然死体をめぐる激しい競争が起こります。その場合、まず体の小さな個体は勝てません。そこでその敗者が子孫を残すためにとり得る戦略が、メスの場合は種内托卵、オスの場合はサテライト行動(スニーキング)というわけです。種内托卵は頻繁に起こるらしいので(実際、モンシデムシ類の大きさのばらつきは相当なもので、小さな個体はスニーキングや種内托卵でもしない限り子孫を残せません)、通常の繁殖をするメスは托卵されることを前提に子殺しをするようです。では、どうやって自分の子供と他個体の子供を区別するか?それは、幼虫の孵化時間によるようです(ちなみに、モンシデムシ類の親は直接自分の子供と他個体、他種のモンシデムシ類幼虫を区別することができません)。自分の子供が孵化する20時間以上前では、すべての子供が殺されます。そこから自分の子供の孵化時間が近くなるに従い、子殺しの割合は減ってゆき、0〜8時間前だとすべてが受け入れられてしまいます。すなわち、托卵するメスは、このタイミングで産卵をすれば、すべての子供が自分の手を煩わすことなく育てられることになるのです。
 5. モンシデムシ類のメスは共同保育をする。
死体が大きい時など、場合によっては複数のメスが同時に子育てをすることがあります。これは種内托卵と必ずしもはっきり区別される性質のものではありませんが、北米産のNicrophorus pustulatusという種のように共同保育がノーマルなparental careの形態になっているものもあるのです。
 6. ヒラタシデムシ類は交尾のとき、「ひげ噛み行動」を見せる。
ヒラタシデムシ類の多くの種は、交尾の際オスがメスの片方の触角を強く噛んで引っ張る行動をします(写真5・6)。触角が噛み切られてしまうこともかなりの割合で起こります。このように一見交尾相手のメスに不利になるような行動が、なぜ進化し得たのか大きな謎です。
 7. モンシデムシ類は鳴く
モンシデムシ類は鞘翅と腹部背面に発音器を持っており、それらを擦りあわせて音を出します。この「鳴き声」は人間の耳にもはっきりと聞こえるもので、観察しているとはっきりと何らかの意図をもって声を出し、コミュニケーションをはかっているのを見てとることができます。先に紹介した死体を処理している最中のオスとメスの「鳴き交わし」、親が子供に餌を与えるときの幼虫を「呼ぶ」ような鳴き方、幼虫が外敵に襲われたときの「威嚇の声」、大きな死体(繁殖には適さない)を多個体で一緒に食べているとき、不特定の個体からときおり出される鳴き声、以上の4パターンの鳴き声を私は観察しています。
 8. 謎のシデムシ、コクロシデムシ
この種はモンシデムシ類(モンシデムシ亜科・あるいはモンシデムシ族)に属していながら、モンシデムシ属とは別属のコクロシデムシ属に分類されています。形態はハネカクシにそっくりで、初めて見たときはとてもシデムシに思えないほどです。コクロシデムシに育児習性はなく、これまで卵は産みっぱなしにすると思われていたが、実はとんでもない秘密を持った虫であることが判明しました。
シデムシと環境
 日本自然保護協会が出しているフィールドガイドシリーズ『指標生物-自然を見るものさし-』の、「自然らしさを調べるための指標生物」の項には、シデムシが取り上げられています。これは人手が多く入ったところにオオヒラタシデムシがたくさん出現することを利用して、採集されたシデムシの中のオオヒラタの割合から自然度を評価しようとする誠に大雑把な調査法ではあります。しかしモンシデムシ類は最低でも二次林くらいの自然が残っていないと見ることはできませんし、種類によってはかなり自然度の高い森でないと多くの個体が採集されないものもいます。森林等の自然度を調べるためには、ある程度の有効性を持った調査法であると言えるでしょう。実際に、石狩の海岸林付近では、石狩湾新港と工業団地の造成の結果一帯の湿地が乾燥化し、姿を消してしまった種(ツノグロモンシデムシ)もいるのです。逆の見方をすればモンシデムシ類などは良好な自然の中でしか生きて行けない、その自然が損なわれてしまうと彼らの住み家はなくなってしまう、ということなのです。
 シデムシの採集法
 採集にはピットフォールトラップを使います。要するに落し穴です。しかしこれだけではモンシデムシ類は全く採れないので(ヒラタシデムシ・オオヒラタシデムシは採れる)、誘引物-すなわち腐肉-をトラップの中に入れておきます。そして、キツネなどの脊椎動物の妨害を受けないようにトラップを金網とペグでガードします(クマが来たら対処のしようがありませんが)。あとは、果報は寝て待てで、シデムシがトラップにかかるのを待ちます。夜間の最低気温がある程度高ければ間違いなく採れます。しかし気温が低いと...どうしようもありません。

 世界で初公開?!クロヒラタシデムシとヨツボシヒラタシデムシの食事シーン
 世界初、の写真かも知れません。クロヒラタシデムシの食事シーンはここを、ヨツボシヒラタシデムシの食事シーンはここを、クリックして下さい。

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