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VF-154は、1946年7月フロイドベネット基地(ニューヨーク州)で、その前身となるVFB-718(第718戦闘爆撃飛行隊)が発足。使用機はF-6Fヘルキャット、F-4Uコルセア、その後何度か名称を変更、1953年2月にVF-154になりました。そして使用機もF-9Fパンサー、FJ-3フュリー、F-8クルセイダー、F-4ファントムと変わり1984年、現在のF-14Aとなりました
VF-154 HISTORY!!
VF-154のF-14Aにとって最後の実戦となったOperation Iraqi Freedom(イラク戦争)では空母キティホークと共に作戦に参加、多数の精密誘導爆弾を投下しました。こんな中、2003年4月2日午前NF104/Bu.No158620がイラク上空でエンジンへの送油がストップするというトラブルで墜落(クルーは2人とも脱出して無事)12機だったVF-154所属のF-14Aは11機になりました。この作戦から厚木へのFly-inは2003年5月1日で、12時30分頃からNF101,NF100,NF102,NF103,NF105,NF110,NF107,NF106,NF111,NF113,NF112の順番で着陸しました。(詳しくは下をご覧下さい)また各機にはGBU(精密誘導爆弾)を象ったスコアマークが書かれていた。各機のスコアは下の通り。
Modex/Bu.No. 黒GBU 赤GBU
NF100/161866 16    
NF101/161276 45    
NF102/161280 35    
NF103/161293 51    
NF105/161271 24    
NF106/161291 38    
NF107/161296 32 6 M61A1
NF110/161288 38 6  
NF111/161292 21 6  
NF112/158624 28    
NF113/162697 20    
NF100/161866のスコアマークはFly-in当時黒16個だったが、2003年6月6日に開催された当時のCO、James H. Flatley, IV氏のCOCに展示するために再塗装された際、なぜかスコアが2個増えて18個になった。この時同時にNF101/161276も再塗装されたが個数に変化は無し、唯一変わったと言えばNF100同様全45個のスコアの位置が『DANGER』の▽マークに押し出される形で配置が変わったところだ(詳しくは下で)またNF107〜NF111のみ書かれている赤GBUマークは、墜落したNF104/Bu.No158620の代わりに出撃した回数を表す。そしてNF107/161296のみに書かれていたM61A1マーク、これは地上の目標に対しM61A1バルカン砲を発射したと言う意味がある

 このように各機に書かれていたスコアだがFly-in後、約1ヶ月で上記のNF100・101が再塗装、しばらくしてNF110がノーマークに、ただの再塗装だろうと思っていたらNF112・102・107・・と次第にスコアなどが完全に消されたノーマーク機が増えていき、ついに最後まで部隊マークが施されているのはNF100/161866とNF101/161276の2機になってしまった。2003年は部隊名称が『VF-154』に変更されてから丁度50周年の年だったので、特別塗装の出現も期待していたが、上記の通り2003年9月24日にNF100.101除き全機がノーマークのまま本土へ帰国してしまった。(こちらも詳しくは下で)
左は2003年6月2日、厚木R/W19に着陸するNF103、この時はまだ部隊マーク、スコア共に健在、それに対し右の写真、これは2003年8月24日に開催された横田基地フレンドシップフェスティバルでのNF103、この時には部隊でトップだった51個のスコアマークも消され、完全なノーマークになっていた。またノーマーク機には以前のように機首にModexが書かれておらず、前脚カバー後の小ドアにグレーで書かれているため、一見NF???なのかが解りにくくなっている
塗装の変化
上記のようにNF100.101はノーマークにならず。5月1日のFLY-IN後約1ヶ月後の2003年6月頃、再塗装が確認された。以前と変わらない塗装に思えたがスコアの位置など、よく見ると細部が微妙に違うようです。
2003.5.1 CVW-5 FLY-IN NF101 Bu.No.161276
2003.8.26 YOKOTA AB NF101 Bu.No.161276
上の2枚の写真に写っているのはどちらも全く同じ機体(NF101)です。左が5月1日のNF101、右が再塗装後のNF101、前脚カバー後の小ドアの”101”の文字の色と大きさの変化やスコアの位置、=☆=マークの形状などの変化に注目して見てください。
ノーマーク
  2003年6月〜
VF-154は2003年6月頃からNF102〜NF113までの9機を帰国のためか部隊塗装がない完全なF-14標準塗装の”ノーマーク”にした。またこの時期から胴体下のフェニックスランチャーを外した状態でのフライトが多くなり始め、結局9月24日もランチャーを装備しないで、帰国して行きました。
03.9.24 TRANS-PACK
NF101 Bu.No.161276
NF110 Bu.No.161288
    NF113 Bu.No.162697
NF107 Bu.No.161296
VF-154は日本での約11年の任務を終え2003年9月24日午前10時5分、NF101,NF100,NF103,NF102,NF106,NF105の順番でホームベースである厚木を離陸、この後NF107のマイナートラブルにより残りの5機の出発が30分程遅れたが、NF107,NF110,NF111,NF113,NF112の順番で全11機が米本土に向けて離陸しました。また9月28日には目的地オシアナにFLY-INしました。その後NAS Lemooreに移動しF/A-18Fへの機種転換訓練を行い、VFA-154となりテイルレター”NG"のCVW-9に配備される予定とされている。
写真協力:RANCAT氏
2003.5.1 CVW-5 FLY-IN
2003年5月1日、Operation Iraqi FreedomからVF-154始めCVW-5(第5空母航空団)所属の飛行隊がホームベースである厚木に帰ってきた。2003年2月頃から約3ヶ月にわたるクルーズからの帰還は感動物だった。このOperation Iraqi FreedomがVF-154にとって最後のクルーズとなった。
写真協力:RANCAT氏
最後まで読んでいただき、有り難う御座います。このページ製作にあたって協力してくださったRANCATさん、そしてあのような写真を撮らせて下さったVF-154に感謝します。

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